本当に消費したいの?モノがたくさんある時代の消費感覚とは

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私は社会人になってから、あるいは学生時代にも、何かと必要以上にお金を使ってきました。

必要以上かどうか、また何が必要というのは個人差がありますが、買ったものを振り返ってみると、結局捨てたり売ったりしたものが多かったので、結局は余分だったんですよね、と。

この消費感覚について振り返り、貯蓄意識の向上を狙ってみたいと思います!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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なんで私は消費する?消費感覚を振り返る

学生時代

大学時代の私は、それまでの高校生活が充実していた一方、大学生活で熱中できることがみつけられず「ミニ挫折」を味わいました。

実はこのこの挫折が、学生時代の消費につながっています。

念願の一人暮らし、大学生活がはじまりましたが、熱中できることがないと時間が余ります。一人っ子の私でも寂しかったんですね・・・ふと時間が余ると、熱中できることのない私には寂しさが押し寄せました。

もっとも、時間が余るというか学生の本業は勉強なので、勉学に励むことが学生のやるべきことという意見もあるのですが・・・ミニ挫折を味わった私は早く次のステージに行きたいと思っていました。つまり働きたいと思ってました。

そうやって時間をもてあました私はバイト生活に入ります。そして働くと対価を得られます。バイト収入です。

アルバイト自体は楽しかったので、時間は埋めることができました。ただ、それでもふと、さみしさは感じます。

そして、そのバイト収入も寂しさを紛らわすために消えていったんですね。本当に今振り返ると何に使ったのかよくわからないんですよ。笑

時間がある→働こうという思考で、買いたいものがある→働こうではないので、バイト代の使いみちについては記憶にないです。ケーブルテレビとか、雑誌の定期購読とかやってたぐらいは思い出しましたが・・・。

振り返ると、私には本来的は物欲がないということがわかります。物欲はないがお金が減るという、ちょこちょこ消費って怖いですね。

会社員時代

そして就職活動もおわり、社会人になりました。

社会人になると、早く働きたくて仕方がなかった私はまた一つ挫折を味わいます。最初の配属先との相性ですかね・・・かなり労働環境のよいところに配属されてしまったのです。(笑)

若い頃はよく働いてスキルアップしたいという私には物足りなくて、良い環境というのはマイナスでした。

同期は多忙なチームに配属されていたので、お昼休みに仕事の話をきくのが辛かったですね。同期はこんなに頑張っているんだ、私はこれでいいのか?という葛藤と挫折です。

ありたい自分の姿とはかけ離れてしまったので、人生寂しいわけですね。

この挫折からの寂しさが、また消費につながっていきます。

借金こそしませんでしたが、お金をためて何かをしたいという本来的には物欲のない私は、通勤服や靴、特段大型の買い物ではないのですが、こういったこまごまとしたものにチリツモでお金がきえていったんですね。

まとめ

私の消費理由は、寂しかったから

挫折や寂しさは、思わぬところで消費につながるということです。

どこかで気持が満ち足りていないと、服を新調したら気分が一新されるかもしれない、と心にスキがうまれます。

クローゼットにためた服も結局着ていなかったりして・・・。処分するときに罪悪感も感じて悪循環です。結局、心が満たされないのでスキが生まれるんですね。

いまは貯蓄意識を向上させるため、身体が消費しないことになれるまでですが、資産残高確認を最低でも週一で確認し、総資産の確認をすることを決めました。資産残高をみることにより色々なスキが少し落ち着いてきます。

いくらあるのか(現状)、また今年どこまで貯めておきたいのか(目標)ということを把握しないまま、ただ消費するって怖いことですから。

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